【長文テスト】
六月半ば、梅雨晴つゆばれの午前の光りを浴びてゐる椎しひの若葉の趣おもむきを、ありがたくしみ/″\と眺ながめやつた。鎌倉行き、売る、売り物――三題話し見たやうなこの頃の生活ぶりの間に、ふと、下宿の二階の窓から、他家のお屋敷の庭の椎の木なんだが実に美しく生々した感じの、光りを求め、光りを浴び、光りに戯れてゐるやうな若葉のおもむきは、自分の身の、殊ことにこのごろの弱りかけ間違ひだらけの生き方と較くらべて何と云ふ相違だらう。人間といふものは、人間生活といふものは、もつと美しくある道理なんだと自分は信じてゐるし、それには違ひないんだから、今更に、草木の美しさを羨うらやむなんて、余程自分の生活に、自分の心持ちに不自然な醜さがあるのだと、此この朝つく/″\と身に沁しみて考へられた。